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研究内容

私は学生時代、バクテリアの細胞表層タンパク質の研究をしていました。その頃に、花で発熱する植物がいると聞いて、とてもビックリしました。この時の大きな驚きが、今でも私の研究に対するモチベーションを支えています。現在、私の研究室では、花で発熱する植物の研究と一般花き類の花の老化に関する研究を行っています。大きくわけて、以下です。

植物の花(花序、球果を含む)における発熱分子機構に関する研究

 発熱植物に関する最初の記録は、フランスの著名な博物学者ラマルクによる著書「フローラ・フランセ(1778)」にあります。その中でラマルクは、アラム属のある種の植物(おそらくアラム・リリー)が発熱することを報告しています。その後、1972年にフィロデンドロン(1)、1974年にザゼンソウ(2)の発熱現象が相次いで報告され、1980年代後半から1990年代初頭にかけて、ブードゥー・リリーと呼ばれる発熱植物から、発熱に重要な役割を持つタンパク質としてシアン耐性呼吸酵素(AOX)が単離・同定されました(3, 4)。AOXはミトコンドリア膜上で余剰エネルギーの解消に役割を持つこと、発現や活性が発熱する組織で高いことなどから、発熱に重要なタンパク質と考えられています。AOXはその後、一般の植物においても重要な役割を持つことがわかり、特に植物の環境ストレス応答の分野では活発な研究が展開され、2012年にはその立体構造が報告されました(5)。AOXともう一つ、植物の発熱に関わる分子として有名なのがサリチル酸です。サリチル酸は、ブードゥー・リリーにおいて発熱を誘導する物質「カロリゲン」として1989年に報告されています(6, 7)。ただ、発熱する他の植物において、サリチル酸がカロリゲンとして作用したという報告はまだありません。今後の研究により、サリチル酸に代わる真のカロリゲンを同定することが、私達の研究目標の一つです。

 赤外線サーモグラフィー等の温度測定技術の進歩を背景に、これまで数多くの植物の発熱現象が報告されました。現時点で、約80種類の報告があり、今後この数はさらに増えることが予想されます。それでも、地球上に数十万種も生息する植物の中で、やはり発熱植物の存在は特殊と言えます。しかしながら、PCRで汎用される耐熱性DNAポリメラーゼが好熱性細菌から見つかったように(8)、蛍光タンパク質GFPがオワンクラゲから見つかったように(9)、特殊な能力を持つ生物から重要な分子が発見された例は沢山あります。したがって今後の研究の中で、AOXとは別の重要な分子が発熱植物から見つかるかもしれません。そして、発熱を支える機構は何か、温度をセンシングする機構は何か、発熱する植物の進化的起源等々、尽きることのない興味もまた、発熱植物研究の魅力だと思います。

切り花の老化と品質保持技術に関する研究

 切り花の老化は、呼吸による体内成分の消耗、蒸散・吸収能力の低下、エチレンによる老化の促進、アブシジン酸やサイトカイニンなど他の植物ホルモンの変動に基づく生理的変化など、多くの要因が単独、或いは相互に複雑に関係し合って誘導されます。このため、切り花の鮮度保持技術も多岐に渡り、チオ硫酸銀錯塩(silver thiosulfate、STS)や抗菌剤に代表される品質保持剤、低温貯蔵、水分状態を適切に保つ技術、エチレン作用を物理的に軽減する方法等、様々な技術が存在します。これに加えて、花きは種類が多く、季節により切り花の状態が異なる場合も多いため、実際の現場では、複数の鮮度保持技術を組み合せて切り花の花持ち効果を高める工夫がなされています。

 数ある鮮度保持技術の中でも、低温保管技術は、切り花の種類を問わず利用できる汎用性の高い技術の一つです。一般的に、低温下で切り花を貯蔵すると、呼吸による炭水化物の消耗を抑えるとともに、蒸散による葉や花弁のしおれ、微生物による腐敗、エチレン生成等が抑制されます。実際の現場でも、花を扱う多くの小売店や量販店で低温保管技術は汎用されていますが、低温が植物に与える影響は多岐に渡るため、低温が効果的に利用されていないケースも多いのが現状です。一方で、モデル植物を用いた研究により、エチレン作用阻害剤であるSTSは、エチレン受容体に作用してエチレンシグナル伝達経路の正常な進行を止め、エチレン生合成に関わる遺伝子の発現を抑えることが知られていますが、低温が花に与える影響を分子レベルで体系的に調べた例はあまりありません。

 国連(United Nations)に向けて報告された統計では、切り花は40億ドル相当の世界貿易価値を有しており、本市場における花き消費の主要国として、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本が挙げられています(10)。また、財務省の「貿易統計」に拠れば、我が国における切り花の輸出額は近年上昇傾向にあり、特に、アメリカへの切り花の平成29年度輸出額は、5年前の5倍にまで増加しています。言うまでもなく、我が国の花きの品質は、世界で高い評価を受けており、日本産の美しい切り花を国内外の多くの人々に届けられるよう、私たちも研究を通じて貢献して行きたいと考えています。

 

(参考文献) (1) Nagy et al., Science 1972. (2) Knutson, Science 1974. (3) Elthon and McIntosh, PNAS 1987. (4) Rhoads and McIntosh, PNAS 1991. (5) Shiba et al., PNAS 2013. (6) Raskin et al., Science 1987. (7) Raskin et al., PNAS 1989. (8) Chien et al. J. Bacteriol 1976. (9) Shimomura et al., J Cell Comp Physiol 1962. (10) Hoppen et al., Sci Rep 2019.

 

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